肥満細胞腫って?
腫瘍には大きく分けて「良性」と「悪性」があります。肥満細胞腫は犬の皮膚にできるもっとも代表的な悪性腫瘍です。肥満細胞腫は肥満細胞と呼ばれる細胞が腫瘍化したもので、犬の皮膚にできる悪性腫瘍の中では16-21%※1.2.3.4を占め、その発生は皮膚の悪性腫瘍の中では最も多いとされています。とくに、雑種、ボクサー、ボストンテリア、ラブラドールレトリバーで発生が多いようですが※1.2.6.7、どんな犬にも発生はみられます。(ただし、ボクサーにできる肥満細胞腫の約半分くらいは組織学的によく分化したものが多く、比較的予後が良好な場合が多いとされています※1)肥満細胞腫は様々な形態をとって皮膚にみられます。孤立性だったり、多発性だったり、ドーム状だったり、結節状だったり、赤みを伴ってたり、脱毛してたり…、
肥満細胞は健康な体の中ではアレルギーの発現に関与しています。肥満細胞のもつ「顆粒」、これはケミカルメディエーターなどとよばれこれが肥満細胞から放出されることでアレルギー反応が起こるというわけです。このケミカルメディエーターには、血管を拡張させたり、胃酸を分泌させたり、血液の凝固を抑制したり、傷の治りを遅らせたりする物質が含まれます。
このため、肥満細胞腫をもつ患者は、「皮膚の”しこり”を触ってたら、全身に発疹がでてきた」図1、2とか、「傷から血が止まりにくい」とか、「よく嘔吐する(胃十二指腸潰瘍)」など、一見すると皮膚の腫瘍とは全然関係のないような症状がみられたりします。これを腫瘍随伴症候群といいます。
肥満細胞腫を治療する
治療は多くの場合、外科的に切除するということになります。ただし、肥満細胞腫は簡単な切除だけでは再発を繰り返すことが多く広範囲に切除する必要があります。多くの固形の腫瘍は適当に切除することで、再発や転移する可能性が高くなることがわかっていますが、とくに肥満細胞腫では切除部位に再発がみられた場合には予後が悪いとされています。したがって、この腫瘍は大きく切除できるかどうかが治療のカギになります。広範囲に切除することが不可能な四肢などに発生した場合は、根治のために断脚なども考慮しなければならなくなります。その他の治療の選択肢としては放射線による治療と抗がん剤による治療があります。広範囲な切除を必要とする肥満細胞腫にとって放射線による治療は病変部位の機能と外観を損なわないという利点があります。しかし、肥満細胞腫を放射線のみで治療した場合の反応は様々※10.20.21.22で、1年間腫瘍の増殖を抑制できる割合はおよそ50%だと報告されています。一方、外科で完全に取り除けなかった場合に放射線治療を併用して行うと、およそ85〜95%が2年間腫瘍の増殖を抑制できる※10.23.24.25(ただし、Patnaik グレード 1あるいはグレード 2)ことがわかっています。同様に抗がん剤だけで固まりの腫瘍を小さくするのは難しくふつう外科手術と併用して用いられます。抗がん剤による治療は手術により完全に腫瘍が切除できなかった場合やすでに他の部位に転移の可能性がある場合に用いられます。もっともよく行われる外科手術と抗がん剤の併用では悪性度の高い腫瘍(Patnaik
グレード3)でも1〜2年生存できる可能性が報告されています※14。(PatnaikやBostockらによると外科的完全切除の場合は1/2〜3/4は根治できるとされており、最近の研究の中にはPatnaik グレード1および2に相当する病変では完全に切除ができれば化学療法の必要がないという報告もあります※29.30。)
肥満細胞腫のグレード分類と予後
肥満細胞腫を見つける…
皮膚腫瘍の多くは診察室で細胞を採取し検査することで簡単に「悪性」か「良性」かを診断することは可能なのですが「何の腫瘍であるか」までを診断することは難しいことが少なくありません。しかし、肥満細胞腫はその特徴的な細胞形態から診察室でほぼ診断が可能な数少ない腫瘍のひとつです(グレード分類まではできません)。先に述べたように、肥満細胞腫の根治のカギはいかに広範囲な切除ができるかということですので、早期発見が重要になります。「皮膚に何か”しこり”ができているけど、まだ小さいし、様子を見よう」というのでは根治のチャンスを逃してしまいます。場合によっては命までも縮めてしまいます。なにも肥満細胞腫に限ったことではありませんが、ふだんから飼っている動物とスキンシップをとり動物の体によく触れて小さな異常も見逃さないことが重要です。
肥満細胞腫の手術のリスク…
全身の状態が良好な場合、ふつう悪性の腫瘍であっても皮膚にできた腫瘍を切除する手術はリスクの高いものではありません。しかし、肥満細胞腫の場合はわけが違います。先に述べたように肥満細胞腫はその性質から腫瘍随伴症候群をともなうことがあり手術のリスクは決して低いものではありません。たとえば、手術の前後に肥満細胞腫の血管を拡張させる「顆粒」により致命的な低血圧性ショックがおこったり、血液凝固を抑制させる「顆粒」により深刻な出血をともなったり…、手術の後も傷の治りが悪かったり…、多くの場合このような症状は適切な処置を行うことで予防あるいは回避することができますが、ごくまれに周術期に命を落とすことがあるのも事実です。したがって肥満細胞腫の手術には「単なるしこり取り」の簡単な手術ではなく細心の注意が必要なのです。
2002年5月から2005年3月現在までにおける当施設で治療をおこなった犬の肥満細胞腫は全部で21症例あります(グレード分類の明らかなものは18症例で、内訳はグレードTが3症例、グレードUが14症例、グレードVが2症例)。すべて外科的切除を行い不完全切除あるいは脈管内に浸潤がみられた場合は化学療法を行っています。このうちグレード1および2の12症例は治療後の経過も順調で12例中11例は再発も転移もなく現在も良好な経過を見せており(術後140日〜590日以上経過)、5症例が現在も治療中です。残念ながらグレートVの症例はいずれも診断時にはステージWに進行しており全身症状が悪化のため安楽死あるいは術後まもなく死の転帰をとっています。
肥満細胞腫には「悪性の度合い」を決定する要因のひとつに組織学的グレードという概念があります。グレード1〜3(Patnaikの分類ではグレード3の方が悪性度が高い)あるいは、未分化〜高分化型(未分化型の方が悪性度が高い)に分けられます。肥満細胞腫の予後を決定する要因はいろいろありますが、この組織学的グレードは肥満細胞腫の予後に大きく影響します※6.8.9.10.11.14.15。特に未分化型(Patnaik
グレード3)の場合は非常に予後が悪く、治療を行っても数ヶ月以内に転移し亡くなってしまうケースも多くあります。組織学的グレード分類を用いることは予後を予測するのに大変有用なのですが、残念ながら診察室でこの組織学的グレードを決定することは難しく、病理組織検査を行う必要があります。このため外科的切除により広範囲に切除が可能な場合、病理検査を行う前に切除するということも多くあります。その他に予後に影響する要因としては、腫瘍の発生部位※10.16.17.18、臨床ステージ※8.9.10.19、腫瘍の増殖速度※9、外科切除部位での再発※14.17.18、全身の状態※12.13、年齢※24、品種※1、性別※9などが報告されています。
図1 腫瘤に触れる前は…
図2 腫瘤に触れると…
これは肥満細胞腫に特徴的な兆候で”ダリエ兆候”と呼ばれています。
顆粒を持たない円形の細胞
顆粒を持つ肥満細胞 ( gradeT)
顆粒を持つ肥満細胞 ( gradeV)